小林麻央さんのニュースを見て、

涙はもちろんですが、喉に大きなつかえを感じています。

愛する夫と離れなければならなかったこと、

そしてなにより

我が子をおいていかねばならなかったこと、

どれだけ無念であっただろうかと・・・。


私もちょうど麻央さんの年齢に近い頃、

そして現在高校生の娘も麻央さんの息子さんと同じような年に、

生きるか死ぬかの大手術をしました。

もちろん麻央さんの気持ちの一億分の一にも及びませんが、

我が子と離れるつらさ、当たり前の育児ができないつらさ、

母親をまっとうできないのではないかという不安、

我が子の将来を見届けられないのではないかと言う絶望、

これに加えて自分自身が抱く喪失感、焦燥感、絶念・・・

今でも私の心に鮮明に残っています。

結果的に今私は生きていますが、今でもその時に味わったそれらの気持ちは、

よきもわるきも私の心の根底にあり、私を常に支配し、

時に悪夢となって私に襲いかかるのです。

そして私の今の子育てにも多分に影響を与えています。


だから、

麻央さんのお子さんへの気持ちがどれだけたったかを思い巡らすと、

自分の気持ちの置き場がなくなるほど

せつなく思います。




麻央さんは

「自分のことよりも誰かのため」

に生きる人だったと海老蔵さんがおっしゃっていました。

私は、麻央さんのそんな生き方に強く強く共感しています。

私もいろんな思いを経験していく過程で、

そういう価値観に変わり、常にそうでありたいと思っているからです。


今、時代の流れで

「自分のために生きる」

「まず自分を優先する」

世の中になってきています。


もちろんそれは全然悪くない。

自分のことはとても大切でいいんです。

自分の命は最終的に自分でしか守れないし、自分を一番知っているのも自分ですから。

でも、10あるうちの9をその考えで生きていくよりも、

10あるうちの例えば半分はそれ、

半分は誰かのためでもいいのかな・・・

と私は思っています。

あくまで私の勝手な考えですが。

その「誰かのために」はいずれ巡り巡って、

必ず自分の元に帰ってくると思うのです。

そしてそれは結果的に「自分のため」につながると・・・。


「誰かのため」



家族だったり、友達だったり、知らない人だったり、

それは人によっていろいろでしょう。

麻央さんの「誰かのため」は、きっとそのすべてだったように思いますが、

辛く苦しい思いをされる中で、きっとそういった想いを余計に強くされたのではないかなと、

勝手に想像しています。


○○のせいで自分が思うようにならない

なんていう自己犠牲のような発想は、きっと麻央さんにはなかったのでしょう。


人間、生きていれば必ず欲が出ますし、

やはり何より自分は幸せに生きたいと思いますから、

自分を差し置いて誰かを優先するなんて、とても難しく感じるかもしれません。


でも

たとえば、

自分のことよりも誰かを愛おしく想う

自分のことよりも誰かを守りたいと思う

もっというなら、

誰かを支えたいと思う

誰かのそばにいてあげたいと思う

これだったらできそうな気がしませんか?

具体的な行動よりもまず、

そんな気持ちを持つことでいいのではないかと、私は思うのです。

きっとそれって、人間の本能の一部だと思うから。


そしてそんな思いは、温かくて優しい行動にたぶんつながるんじゃないかと思うのです。

私自身、まだまだできていないことが多く、悩むこともたくさんありますが、

改めて、そうやって生きていきたいと、

今再認識しているところです。


「誰かのため」に生きることを幸せだと思っていた麻央さんの生き方に敬意を払い、

そして心からご冥福をお祈り申し上げたいと思います。





  

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